捕鯨批判と人種差別の根本は一緒。

イルカの追い込み漁を「残酷だ」とする世界動物水族館協会(WAZA)の警告に従い、日本動物園水族館協会(JAZA)は追い込み漁で捕獲されたイルカの入手を禁じることを決めました。

残酷と言えば残酷かもしれないが、牛や豚の屠殺(とさつ)は残酷でなくて、イルカ漁だけが何故残酷なのかという疑問や不満は消え去ることが出来ない。

捕鯨反対の理由として一般の方は「鯨の数が減っているから保護する必要がある」、「鯨は知能が高い動物なので殺すのはダメ」と言うのが大半で、プロ市民の方々はそういった人達の心を利用した「お金儲けの為」と言うのが考えられています。

そして、捕鯨をする国は世界に多くあるが、日本だけがターゲットにされます。

これは、1970年代からオーストラリアやニュージーランドから始まって、1980年代の日本の黄金期にジャパンバッシングと共にアメリカなどに広がり、それが議員などの票集めに繋がったというアメリカ側の都合などが背景にあります。

現在では、日本とオーストラリアの仲を裂こうと、中国などが暗躍しているなどとも言われています。

その為、日本バッシングが目的となり、鯨を守るという本来の目的から少しずれ、デンマークなどの捕鯨は見て見ぬふりです。

アメリカのアラスカなども捕鯨を行っていますし、お隣の韓国においては捕鯨で日本を非難しているにも関わらず、「混獲」という「たまたま獲ってしまった」とか言う理由で日本の倍以上の鯨を捕獲していることが分かっています(2013年1月5日 KBSテレビ)



デンマークの鯨追い込み漁


国際的に鯨を救う会議が初めて行われたのは、1972年にスウェーデンのストックホルムで行われた国連人間環境会議で、そこで商業捕 鯨十年モラトリアム決議が採択されたのである。
その後、国際捕鯨委員会(IWC)に会場を移すことになる。

IWCには、基本のルール(国際捕鯨 取締条約ICRW)があり、日本はその仕組みに参加し、そのルールを守り破ったことはない。

鯨を守る為に国際機関を作り、そのルールを守っていても、日本の捕鯨は国際的に叩かれ続けているのである。

IWCでルールを定めた時には、確かに大型の鯨の数種が絶滅の可能性があったのは事実である。

なので、日本は参加して、鯨の絶滅を避けようとルールを守ってきた。
日本が獲っているミンククジラはむしろ多すぎるという指摘もあるくらいの鯨で、太地町の追い込み漁で獲っている海外からイルカと言われているゴンドウクジラは、大型ではない上に絶滅には程遠い。

絶滅の危機にないと分かれば今度は「倫理」をかざしてくる。

ルールを守っているにも関わらずである。

捕鯨に対しては本来の「鯨資源の保存と適度な利用」という目的を目指す日本寄りの国が、非ヨーロッパを中心に増えて、2006年のIWC総会で「商業捕鯨モラトリアムはもはや必要ない」という宣言が採択されると、反捕鯨側のイギリスはアフリカやEUのIWC非加盟国を反捕鯨陣営に新規加盟させるなど国家間の戦いにまで発展している。

なのでIWCはヨーロッパの国やヨーロッパ人の植民地にしていた国が半分以上を占めていて、アジアの比重が低い。

反捕鯨に本気じゃない国も、イギリスなどに無理やり反捕鯨国にされているので、分担金が未払いで投票権が停止状態の国や、反捕鯨NGOから手渡されたメモを自国の声明として読み上げるなど欧米側の好きなように出来る組織と言っても過言ではない状態である。

しかし、その内カリブ海の島国などは、イギリスなどに誘われ反捕鯨としてIWCに入ったが、捕鯨賛成派に転じた国もいくつかある。

とにもかくにも、「鯨は可愛いから」、「鯨は頭がいいから」という理論で反捕鯨の活動が活発になってきている。

これは、言い換えれば「可愛くなければ殺しても良い」、「頭が悪かったら殺しても良い」と言うことである。


これは、欧米人の何百年経っても変わらないエゴで、黒人や黄色人種への差別もこういった理屈で正当化してきた過去がある。

「未開だから殺しても良い」という感じで、欧米人達は何億人の非白人を殺してきたのか分かっているのだろうか。

鯨も同じである。

アメリカは、日本が江戸時代・300年以上続いた鎖国状態を、「鯨を獲りたいから」という理由で、黒船4隻の武力で迫り開国させ、江戸幕府が滅びたことを忘れたのだろうか。

日本人は、欧米人が油の為だけに鯨を殺して捨てていた時より、ずっと前からクジラの命と真剣に向き合って生きてきました。

日本各地にはクジラ塚と言って、クジラのお墓が至る所にあります。
その他にも、鯨碑、鯨供養塔、鯨石、鯨位牌、鯨神社、鯨寺、鯨観音と言う風に、鯨を生命と認識して多くの供養を何百年も前から行ってきました。
獲った鯨の一頭一頭に戒名をつけて、「鯨過去帳」と銘打ち、獲れた日時、場所や種類、大きさ、捕縛した人達の名前まで詳細に残している寺まであります。

標的にされている太地町では、少なくとも400年以上前から捕鯨で生きてきていて、人口3000人程度の小さな町ですが、町は鯨一色です。
町に入っていく道には、鯨の大きなモニュメントがあり、町の奥には鯨博物館があります。

太地町だけでなく、隣りの那智勝浦町にも鯨料理屋が並んでいます。

鯨の歯などで作った工芸品や、鯨の干物を作って売っている人もいるし、内臓まですべて食べます。
命を頂くのだから捨てる所なんて一つもありません。

そして町の人の名前も、鯨の解体をしていた人だから○○さん、鯨漁をしていたから○○さんと鯨にまつわる名前も凄く多い。

夏祭も鯨の慰霊祭です。

文化だけでなく、町の存在そのものが鯨の歴史です。

追い込み漁も野蛮どころか、人も鯨も最小限の苦しみに留める画期的な漁です。
その漁も、ここ数年は血の出ない方法に変えたりと、国際社会に合わせて妥協も行ってきています。

それをたかだか70年くらい前に日本に入ってきた豚や牛を食べるから、鯨を獲るのは辞めろと言うのです。
どちらが野蛮でしょうか。

日本はクジラに関わらず命と向き合って生きてきました。
食事の時に「頂きます」というのは、命を奪った生命に対して感謝を示すものです。

欧米では、命を奪ったことなど微塵も感じず、今日も食べれたことを、生きものでなく神に感謝します。

鯨の絶滅の危機が亡くなった今、そもそも価値観が違う両者が、捕鯨について意見が合う日が来るとは思いません。

欧米側が、反捕鯨で非人道的な行為に出るのであれば、日本は捕鯨ではなく、「人種差別と戦う」という構図を作り出すことが、捕鯨国として生きていくすべのような気がします。

というより、反捕鯨活動は、人種差別そのものであるのは間違いない事実なので、声高だかに訴え出るべきだと思っています。
(執筆者:ジャポニズム大和)


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