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日本三大祭の一つ 大阪天神祭

天神祭は平安時代の951年に菅原道真公の命日にちなんで始められたとされている。大阪の天満宮を中心として全国の天満宮で開催されるお祭り。
大阪の天神祭は、『東海道中膝栗毛』や『世間胸算用』の中にもその壮大さが記述され、江戸時代から京都の祇園祭や東京の神田祭と共に日本三大祭の一つとして数えられている。また、生国魂神社の生玉夏祭、住吉大社の住吉祭と共に大阪三大夏祭りの一つでもある。

期間は6月下旬吉日 - 7月25日の約1ヶ月間に亘り諸行事が行われる。特に、25日の本宮の夜は、大川(旧淀川)に多くの船が行き交う船渡御(ふなとぎょ)が行われ、奉納花火があがる。

火と水の祭典

本宮の日には、陸路で氏地を巡る「陸渡御」(天満宮から天神橋までを歩く)と、船で巡る「船渡御」(大川に約100隻、総勢1万人もの人々が乗る船団が約7kmの航路を行き交う)が行われる。夜には、大川をはさんだ2ヶ所から約5000発の花火が打ち上げられる。 天神祭は、華麗な花火、川面に映る提灯の灯り、船が行き交う大川の様子などから“火と水の祭典”と呼ばれている。


参加するには

観覧客としてではなく天神祭の神事や祭事に参加するには基本的に講に所属しなければならない。しかしながら、講の条件は厳しくなく、大阪天満ライオンズクラブ奉仕講など新しい講も認められている。また、講の人員不足のためアルバイトやボランティアといった形で参加することもできる。他には市民奉拝船の公募に応募したり、帝国ホテルの奉拝船のチケットを購入して船渡御に参加する手段もある。清掃ボランティアも募集しており、天神祭清掃ボランティア天神祭美化委員会(ダストバスターズ)に参加する方法もある。

天神祭には講または講社と呼ばれる団体があり、この講が天神祭を支える大きな役割となっている。元々講とは同じ志を持った集団であり、天神祭に奉仕するために、商人の町であった特徴上、米問屋や八百屋など各同業団体などで集まってできた。大阪天満宮の講をまとめる大阪天満宮講社連合会があり、天神祭の基本的なことはこの会で決められる。現存する講社は32団体である。

御迎人形

江戸時代には天神祭が近づくとお旅所の各町々に 人形が飾られました。 そして本宮には船の上に高く飾られ上流からの御神霊を御迎えしました。それが 御迎人形です。当時は50体あったそうですが、現在は16体しか残っていないそうです。


天満青物市場の娘さわの話

1824年のこと、天満青物市場の銭屋孫兵衛の娘おさわは、市之側の町角に飾られた御迎人形「安倍保名」の妖艶な容姿に心を奪われ、恋煩いのため床に臥せてしまう。そこで、翌年の天神祭には、孫兵衛は町に懇願して銭屋方で「保名」を飾り付けたところ、おさわは快癒した。

どんどこ船

元々は伝馬船という小さな木の船に乗って、天神祭を見物に行っていたのが始まりと言われています。それが、木場の船大工たちが中心となって自前で船をつくり、祭りに繰り出すようになっていきます。そうして、祭りの見物ではなく、玉神輿や凰神輿を引く役割も持ち、太鼓や鉦を積んで囃を鳴らし、祭りの重要な立役者になっていったとのことです。


ギャルみこし

正式名称は、「天神祭女性御神輿」。オーディションで選ばれた女性が担ぐ神輿巡行。主催は天神橋筋商店会。選考がユニークで米俵を持ち上げる選考とかくし芸などのPR選考によって選出される。




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